宮古島こころとからだのケアスペースAyanaは、私たちアコアの回復プログラムを共有してくれている、お仲間の団体です。
先月から研修もスタートし、新しい素敵な居場所をみつけ契約してどんどん展開がおきています。
Ayana代表の石嶺香織さんがアジア女性資料センター「f visions」に勇気づけられる記事を寄稿されたのでシェアします。
アコア オンラインブックサロンで伊藤楓さんも紹介してくれた森田ゆり先生のエンパワーメント、内的抑圧と外的抑圧についても書いて下さっています。
以下香織さんのFacebookのコメントです。
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「私を癒す言葉を探す 回復のための裁判」という題名で、裁判から始まったエンパワメントの道のりを書きました。森田ゆり先生から学んだエンパワメントの考え方の中で出てくる「外的抑圧」や「内的抑圧」も盛り込んでみました。たくさんの人に知ってほしくて。
※原文を送って頂きました。
『私を癒す言葉を探す 回復のための裁判』
5月11日に裁判のため宮古島から東京に行く予定だったが、緊急事態宣言のため飛行機が欠航になり、諦めた。コロナ禍のためWEB裁判が続いている。WEB裁判は裁判所と弁護士事務所をネットでつないで行われ、私は東京の弁護士事務所に行けば参加できる。裁判といえば、傍聴を呼びかけたり、集会をするイメージだったが、昨年9月に提訴してから記者会見を一度したきりで、静かに第4回期日を迎える。どさくさに紛れて、人々の傍聴の権利まで奪われている気がする。
4年前、私は宮古島へのミサイル基地建設に反対して市議補欠選に出て市議になり、産経新聞に「当選後に月収制限超える県営団地に入居」という事実と異なる記事を書かれた。抗議をしても削除してもらえず、いまだにネット上にある。この記事について今、産経新聞を名誉棄損で訴えている。
産経新聞は、短い10ヵ月の任期中に私について6本の記事を書いた。そのうちの2本が事実と異なるものだった。沖縄の小さな離島である宮古島の市議を、こんなにも執拗に攻撃したのはなぜか。
国の軍事化に声をあげること。女性であること。沖縄の声であること。
この3つが重なって、口を塞ぐべき攻撃のターゲットになったのだと思う。当の本人はそんなこと思いもよらず、島で暮らし子育てをする中で軍事化が進むことへの当たり前の不安を訴えただけだった。
森喜朗氏の「わきまえている女性」発言が問題になったが、当時のことが久しぶりにフラッシュバックした。女性が当たり前に自分の意見を言っているだけなのに、「わきまえていない」と押さえつけられる。その経験が澱のように積もり、新たに声をあげる力を削いでいく。私が産経新聞を提訴するのに3年半かかったのは、それが理由だった。だけど今、女性たちのシスターフッドの中で生まれるエンパワメントの力が、その力を跳ね除けようとしていると感じる。私もその一人だ。
その中で「♯わきまえない女」という言葉も生まれてきたが、私には違和感があった。その言葉は、これまで私を非難してきた言葉だった。言葉で態度で「お前はわきまえていない」と口を塞がれてきた。
女性差別という社会から向けられる「外的抑圧」がある。その中で自分自身の中に生まれる「内的抑圧」がある。今の日本では、「外的抑圧」と闘う運動以上に、「内的抑圧」のケアが必要だと感じる。
女性たちを傷付けてきた言葉を逆手にとって皮肉るのではなく、女性たちの傷を癒し、心が満ちる言葉を選びたい。私は自分の意見を言ってもいいんだと感じられ、「私」の存在の大切さを感じられる言葉。その言葉はなんだろうと探し始めることが、女性差別による深い傷からの、回復への一歩なのだと思う。
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